この作品もセルバンテスの12篇からなる『模範小説集』のひとつで、妻を寝取られた男に関する永遠の主題の機智に富んだ、愉快な話です。この作品が有名になってから、スペイン語でextremeño(エストレマドゥーラ人)がextremado(極端) の 意で使われることもよくあるそうです。まさにこの主人公の豹変ぶりは極端で、やや信じ難いですが、この信じ難いところがセルバンテスの作品の特徴の一つといえるかも知れません。
エストレマドゥーラ地方の裕福な貴族の家庭に生まれたフィリポ・カリサーレスは若い頃から金に糸目をつけぬ生活を送り、財産をすべて使い果たしてしまいます。そこで一から出直そうと、齢48になってインディアス(ペルー)へ出稼ぎに行きます。
20年後、カリサーレスは地下から産出される金と銀で財をなすことができ、故郷で骨を埋めようとスペインへ戻ります。彼は嫉妬心が異常に強いため、結婚すると楽をするどころか、むしろ苦労が絶えないだろうと思い、独身を貫くことにします。ところが、ある日街で美しい少女が目にとまり、突然彼の心が一変します。すでに68歳の彼は14歳の少女に熱烈な恋をします。彼女の名はレオノーラ。そして遂に彼女と結婚します。
彼の異常な嫉妬心は結婚後も相変わらずで、たとえば衣服の注文では、仕立て屋に妻の体の寸法を測られるのが嫌で、彼女と似た背格好の女性を見つけ、その女性に合わせた服を作らせます。また大きな邸宅を新築し、使用人はすべて女性、唯一の男性は去勢された老人奴隷ルイスのみで、それでも彼はレオノーラに近づくことを禁じられており、彼女自身も彼らと同じく家に閉じ込められたと同然の生活を送ります。
結婚して1年ほど経ったころ、最近建造された大邸宅にひときわ美しい女の子が嫉妬深い大金持ちの老人と一緒に暮らしているという話が、ロアイサという若い寄食者の耳に入ります。彼は早速その女の子をものにし、大邸宅も財産も手に入れようと考えます。
邸宅内に立ち入れるようロアイサは言葉巧みに黒人奴隷ルイスに近づき、ギターを教える約束をします。徐々にルイスの信頼を得、他の使用人や奴隷とも顔見知りになり、彼らもロアイサの人柄に魅せられます。そしてロアイサは邸宅内で彼のギターを披露するパーティーを行う約束をします。そのためには主人をしばらく眠らせておく必要があります。そこでレオノーラに睡眠薬を与え、それで主人を眠らせようという算段です。薬の効果はてきめんで、首尾よくパーティーは行われ、皆ロアイサのギターに酔いしれます。
若いロアイサは遂にレオノーラを口説きにかかりますが、レオノーラは抵抗し、なかなか応じようとしません。結局、ロアイサは何もできぬまま二人して同じベッドでぐっすり寝込んでしまいます。夜が明け、主人のカリサーレスが目を覚ますと、レオノーラが他の男と同じベッドで寝ているのを目撃し、二人を殺そうとしますが、その瞬間気を失って倒れます。
死の床にある主人カリサーレスは、レオノーラを縛っている目に見えない鎖から彼女を解放してやる決心をします。そしてロアイサとの結婚を認め、祝福してやります。しかし、夫カリサーレスの亡きあと、レオノーラは裕福な、しかし悲しみに満ちた寡婦となり、その市のもっとも俗界から隔絶した修道院に入ります。そして、それを知ったロアイサは内心我が身を恥じつつインディアスに渡ります。
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