セルバンテスの幕間劇 『ダガンソ村の村長選挙』

 セルバンテスの8篇の幕間劇のうち 『離婚係の判事さん』 は先に紹介しましたが、今回は『ダガンソ村の村長選挙』を覗いてみたいと思います。

 この作品は16世紀末にトレド県のダガンソ村で実際に起きた歴史的事実を、セルバンテスが皮肉とユーモアに満ちた幕間劇に仕上げたものです。劇中に特にアクションと呼べるようなものは見られません。一説によれば、セルバンテスはダガンソ村で喧嘩騒動を起こし、村の監獄に留置されたことがあり、いわばその腹いせにこの作品を思いついたとも言われます。しかしお蔭でこの村が世界的に有名になったため、庁舎にはセルバンテスへの謝意を表す標識が据えられ、また2012年以降は毎年セルバンテス週間が催され、この幕間劇も上演されているとのことです。

 幕間劇は4人の評議員が翌年の村長の選出についてユーモラスに話し合う場面から始まります。一人が、天のすなわち神のご意向がなにより大切だ、とりわけ雨の降るときにはと言うと、他の一人は、雨は天から降るのではなく、雲から降るのだ、と反論。もう一人は、いずれにしてもトレドにおられる領主殿のご意向に沿う候補を選ぶことが肝腎だろうと述べます。

 村長の候補者も4名で、全員いずれもユダヤ人ないしモーロ人を祖先に持たない生粋のカトリック信者です。16~17世紀のスペイン、特に農村社会においては改宗者ではない、先祖代々のキリスト教徒であることがなによりも重んじられました。

 候補者の一人ウミーリョスは読み書きのできない家系の出身ですが、4つの祈祷文を暗唱できる旧キリスト教徒であることを誇りにしています。字は読めなくとも、分別と常識を備え、ダガンソ村はもとよりローマの元老院議員にもなれると自負しています。二人目のハレテは弓術に長け、文字も読めます。3人目のベロカルは専門がワインの味利きで、ワインに満たされると霊感が得られると言います。そして4人目のペドロ・ラナ(「ラナ」はスペイン語でカエルの意)は抜群の記憶力に加え、4人のうちで最も村長としての資格を備えているとみられます。彼はサンチョ・パンサがバラタリア島の総督に任命されたときにドン・キホーテが与えた教訓をそのまま体現しているかのようです。

 そこへ着飾ったジプシーたちが登場し、歌い踊ります。当時、スペインではジプシーは盗賊になるためこの世に生まれてきたといわれていました。ジプシーによるお祭り騒ぎの後、舞台は評議員長の家に移り、評議員長自身はラナを推薦するが決定は明日に延期すると述べ、幕が閉じられます。結局、セルバンテスはこの作品において、滑稽味で覆い隠しながらこの村の統治権のありようを批判しているようです。

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