セルバンテスの幕間劇『離婚係の判事さん』

 セルバンテスは自らの死期が近づいた1615年末に『上演されることのなかった8編のコメディアと8編の幕間劇』を発表しました。当時、戯曲は上演するために書かれるもので、読み物として発表されることはなく、出版されるとしてもそれは上演後30年ほど経ってからのことでした。ところが、セルバンテスのこれらの戯曲は全く上演されないまま先ず読み物として世に出されたという稀有なケースです。「幕間劇」は長い劇の間に挟んで演じられるきわめて短い小喜劇で、通常その時代のスペイン社会を風刺しています。ここではセルバンテスの8編の幕間劇の最初の作品『離婚係の判事さん』を取り上げたいと思います。

 先ず判事の前に姿を見せたのはマリアナとその老いぼれ亭主。マリアナは判事に会うなり、「離婚、離婚、離婚!」と叫びながら離婚を訴えます。彼女は亭主が老いぼれで憎たらしく、その介護にも疲れた、若い自分はハンサムな青年が欲しいと訴えます。夫も妻の虐待のせいで病を患っており、離婚したいと訴えます。

 次に現れたのはある「兵士」とその妻ギオマ-ル。彼女は夫が詩作に興じたり、井戸端会議に顔を出すくせ、職もなく、収入も稼げないでくの坊だと不満たらたら。夫は穏やかで消極的な性格ですが、彼女は強情で挑発的です。

 その次に出頭したのは外科医とその妻のアルドンサ・デ・ミンハカ。外科医は医師の衣装を纏っていますが、当時の外科医の身分は医師よりも下です。外科医は離婚の理由を4つ挙げますが、妻は400あるとのこと。判事が証拠を求めると、外科医は「自分は彼女と死にたくなく、彼女は自分と生きたくない、それ以上の証拠があろうか」と。

 最後は「古くからのキリスト教徒」を自負する使い走りの男。彼はある夜酔っぱらって売春婦と結婚したが、離婚したいとのこと。

 判事はいずれのケースも証拠不十分との理由で離婚を許可しません。最後に判事は音楽家を呼んで、「最悪の仲も最上の離婚に勝る」という歌を奏でさせます。

 最初の3人はいずれもどことなくセルバンテス自身を彷彿させるところがあります。セルバンテスの父親も外科医。セルバンテスも生活に困窮していたようで、妻のカタリナ・デ・サラサールも結婚時は20才未満、セルバンテスより22才若く、結婚後3年足らずで別居生活に入っています。そして子供を設けていません。カトリック全盛のこの時代に離婚を話題にした文学作品はこれが初めてだともいわれます。

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